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┃ Label Master's Diary

2010年12月の日記

┃ 2010年終わる

今日は大みそかである。

つまり、もう今年も終わりである。
早い。このままじゃ人生あっという間だな。

今年は「Twitter」な一年だった。

つながりがどんどんTwitterを通して広がったり深まったり、
とても面白い体験をした。

来年以降どうなるかわからないけど、まだまだネットは面白いと思った。

個人的には「Tシャツ」な一年でもあった。
死ぬ間際に「こんなちっぽけな人生でも、俺は32歳の時に一年間違うTシャツを着た」ということで
少しは充実感があるだろうか。

来年は33歳。
実り多い年にしたいものである。

アデュー

(2010.12.31[Fri])

┃ 割引について

近所の五反田のTOCには、ロンドンスポーツというスポーツ用品店があり、
たまに覗くのだけど、ここの価格設定がおかしい。

入り口には「定価の半額、さらに4割引き。さらに2割引き」とかでかでか書いてあって、瞬間的に「お、これは安い!」と思う。

ただ、計算が複雑すぎて、実際いくらになるのかピンとこない。

とりあえず、定価の半額、さらに4割引き、というところで既に、「それもうタダみたいなものじゃない?」という
感覚になるので、お得だ!と思ってしまう。

実際に計算してみると、1×0.5×0.6×0.8=0.24 ということで、
まあ安い。約7割引である。

しかし、たとえばスニーカーの定価が15000円だとすると、割引後は3600円ということで、
あまりABCマートと変わらなくなる。

もともとスニーカーとかの定価というのは結構高く設定されているのだ。

ここが毎度うまいなぁと思うのである。

--
逆に、なんか全然得した感じがしない割引というのもある。

先日も東芝のREGZAが10%OFF!とかAMAZONに書いてあって、
見てみると、
37万8000円 →34万200円
となっていて、「あれ、そんなに安くないかな」と思ってしまう。

1割引きというのは、たとえば100万円のモノが90万円で買えるということなので、
なんか大層な感じがするのだが、
実際レグザみたいに、逆に「ケチな割引だなぁ」と感じてしまうこともある。

価格設定って難しいなぁ、と思う。

そんなことを考えていたクリスマスだった。

アデュー

2010.12.26[Sun]

┃ J-POP

僕が16歳くらいから23歳くらいまで、つまり思春期の間、
僕にとってJポップというのは忌み嫌う存在でしかなかった。

国内でもマイナーな音楽を好んで聴いたり、洋楽を聴き始めたころから
J-POPというだけでまじめに聞こうとしなかったし、
オリコンに出てくるだけで色眼鏡で見ていた。

まあ、そういう思春期特有の「俺、人と違う。かっこいい。」というのは
誰でもあると思うし、しょうがないと思うのだけど、
今思うとなんとなく恥ずかしいことである。

また、そんな中でもスピッツとかその辺のアーティストは別であって良く聞いていたのだけど、
それもまた「まあスピッツは別だけどね」的な、上から目線な感じも
どうにも片腹痛い。

ただし、こういう一連の行為は少なからず誰でもあると思うので、
否定はしないし、むしろそうあるべきだと思っている。

まあ、それは置いておいて、ビックリするのは今年のオリコンチャートである。

タイトル/アーティスト名 推定累積売上数(枚)
1 Beginner AKB48  954,283
2 ヘビーローテーション AKB48 713,275
3 Troublemaker 嵐. 698,542
4 Monster 嵐      696,022
5 ポニーテールとシュシュ AKB48 659,959
6 果てない空 嵐.    656,343
7 Lφve Rainbow 嵐    620,057
8 チャンスの順番 AKB48 596,769
9 Dear Snow 嵐    591,207
10 To be free 嵐    516,142

これ、AKB48と嵐が1位から10位まで占めているのだ。

これはもうなんというか、ひどい有様である。

ちなみに、94年のランキングはこんな感じである。

1994年年間シングルランキング

1 innocent world / Mr.Children 181万2970
2 ロマンスの神様 / 広瀬香美 174万8810
3 恋しさと せつなさと 心強さと / 篠原涼子 with t.komuro 162万3010
4 Don't Leave Me / B'z 144万4490
5 空と君のあいだに/ファイト! / 中島みゆき 141万5950
6 Hello, my friend / 松任谷由美 135万6570
7 survival dAnce 〜no no cry more〜 / trf 135万3610
8 あなただけ見つめてる / 大黒摩季 123万6370
9 Boy Meets Girl / trf 122万2360
10 世界が終るまでは… / WANDS

これでも当時は「ひどいなこれ」と思っていたのだが、
今とは全然状況が違う。

思うに、もうAKBとか同じCDという形だけど、違うものなんじゃないか、と。

そうでも思わないと、納得できない。

ただ、当時に比べて土壌は豊かになっているのだろうし、
音楽への敷居も下がっているように感じるから、
今後はまた違う形で良い音楽が世にあふれるんじゃないかと思う。

ちなみに今僕が聞いているのは、当時嫌っていたミスチルの「深海」というアルバムである。
とても良い。

まあ、こんなこと書くようになったのは、僕がおじさんになったということなんだろうかね。

アデュー

(2010.12.22[Wed])

┃ 年末

気付けば、もう今年もあと2週間。何と早いことだろう。

年末の、この慌ただしい感じは、なかなか趣があって良い。
駅ビルがクリスマス前で活気づいていて、
無頼の僕がその中をふらふら歩くのも、なかなか絵になっているんじゃないか、と勘違いもする。

年末なのである。

--
まあ今年も色々あったが、まず「歯医者に行かなかった」という一年であった。

僕はずっと虫歯があり、頻繁に歯痛で眠れなくなっているのに、
良く歯医者に行かずに頑張ったと思う。

また、視力もかなり落ちた。
たぶん原因はiPhoneとiPadなんじゃないかと推測しているが、
眼科にも眼鏡屋にも行かなかった。

なかなか奮闘したと思っている。

そんなわけで、来年は歯医者と目医者に行きたい。

アデュー

(2010.12.20[Mon])

┃ 板わさ的な

先日、飲食業のコンサルタントが書いた本を読んだら、面白いことが書いてあった。

飲食業というのはなかなか難しいと言われているが、ある程度のノウハウをもって
ちゃんとお店をやれば、それなりになるそうだ。

逆に言うと、一見素敵なお店に見えても、ちゃんとした形になっていないと
すぐつぶれてしまう。

しかし、そのコンサルが「不可解だ」と書いているのが「町のそば屋」である。

そば屋は、そばを出すのだけど、コレが結構高い。
僕の家の近所のそば屋は天ざるが1200円である。

かつ、夜になると「板わさ」という、
かまぼこ数切れにワサビを添えたものを、500円とかで出していたりする。

で、別に取り立てておいしくもない場合が多い。
(もちろん、極端にまずければだめだろうけど)

サービスも、その辺のファミレスなどに比べて良いわけでもないし良く客が入るもんだ、不可解だというのである。

実はこれ、僕も思っていて、結構老舗のそば屋に行ってみると特に美味しくなかったりするのだけど、
その店はずっとつぶれずに何十年も営業していたりする。

普通に考えれば淘汰されそうなのに、しぶとく残っている。

なんか、良くわからないのである。

まあ、良くわからないと言いつつ、「そば屋で冷酒を飲む」みたいなことに憧れたりするし、
僕はそばやうどんが好きなので結構近所のそば屋に行くのだ。

で、昨日のレーベルの話だけど、僕はこのそば屋的なレーベルがやりたい、と思う。

夕方店に行けば、まあそこそこ愛想の良いおばちゃんとか看板娘がいて、
板わさが出てくる。お酒も飲める。
しめにざるそばを一枚食べて帰る。

そんなレーベル、良いんじゃないかと思う。
サイトに来れば、イイ音楽があって、イベントに行けば楽しいことがあって、
細々と長く続いている、そんな感じである。

町のそば屋が、それ以上に大きくなれないしならないように、
レーベルもそうあるべきかな、と思ったのである。

アデュー

2010.12.18[Sat]

┃ 再びレーベルについて

先日アマゾンで注文した津田 大介「未来型サバイバル音楽論」が届いたのでさっそく読んだ。

内容は概ね予想した通りだったが、いくつか思うところもあり、再度書いてみたいと思う。

まず、僕が先日から疑問に思っていた2点についてだが、それになりに回答に近いことが書いてあった(もしくは勝手に想像した)。

つまり、こういうことだ。

1、(いわゆる「アーティスト」とは呼べない活動方法について)アーティストは本当にそれを望んでいるのか?

→ 望むと望まざるとその波が来ている。望む人がやればよい。
ツールは整って来ている、という話。
また、全員がこのような形態を取る必要はない。

2、音楽は「音だけ」ではない(ギミックが必要で、それは一人では無理ではないか?)

→「一人レーベル」とは書くが、一人で運営するという意味ではない。
むしろ2人以上で始めるべきである。そしてこのやり方ならではのギミックを付けていく。
そして、扱うのはもちろん「音だけではない」。詩でも絵でも何でも良い。
また1と同様、全員がこのような形態を取る必要はない。

というわけで、若干僕が一方的に勘違いしている部分でもあったわけだ。

なるほど、と思った。

また、この本の当事者不在感を危惧していたが、著者は津田大介氏以外に、
牧村憲一氏(トラットリアを作った人らしい)という業界の人が書いていた。


--
そして、発見及び再確認の部分であるが、以下の点が挙げられる。

1、CD販売、音源配信ともに伸び悩んでいるが、ライブ動員は増えている。また、グッズ販売も堅調。
2、「場」を作ることこそ重要

1については、噂は聞いていた。
このご時世、ライブイベントだけは儲かっているらしいのだ。

ではなぜこうなるのかというと、
コピーしやすいデジタルコンテンツに対して、コピーできない体験(=ライブ)にリスナーが魅力を感じているから、
という部分と、
フェスが根付いたから、という背景があるらしい。

特にフェスの存在はでかいと思う。

僕が高校生の頃、海外では既にロラパルーザなどのフェスが開催されており、
僕や鈴木くんはロッキンオンでそれを読んで涎を垂らしていた。
10年ほど前に、はじめてフジロックが開催されると知り、僕らは鼻息荒く乗り込んだものだ。

最近は、体がついていかないのでめっきりご無沙汰だが、野外フェスは本当に画期的だった。

都内ではライブハウスも増えているそうだし、「音楽家が演奏してお金を稼ぐ」
という原点に近い存在に戻るのかもしれない。

また、2についてはやや観念的なのだが、僕らに今必要なのは「サロン」なのである。

皆が溜まっていて、何か面白いことが起こる場所、これが音楽には常に必要なのだ。
(お店でも、一つの音楽シーンでも、もちろんネット上でもよい)

僕もレーベルを始めるとき、そんな気持ちだったはずだ。
だから、CDを売る以外にもイベントをやったりフリーペーパーを作ったり、Tシャツを作ったりした。
(周りには冷笑されたけど)

何年もダラダラ続けているうちに、色々見失っていたんだな、と思ったのだ。

--

そんなわけで、また漠然と「なんかやらなきゃいけないな」と思うわけで、
近日中に僕に近しい人に電話すると思います。
(特に鈴木くん)

よろしく。

アデュー

(2010.12.17[Fri])

┃ OASIS

米国人が最もイライラする言葉、「どうでもいい」=調査
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101215-00000463-reu-int

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[ニューヨーク 14日 ロイター] 米マリスト大学の調査で、米国人が最もイライラする英語表現は、2年連続で「whatever」(どうでもいい)だったことが分かった。

 調査に回答した1020人の米国人のうち、約39%が不快な言葉に「whatever」を挙げ、28%は「like」(という感じ)、15%は「you know what I mean」(分かるでしょ)を選んだ。

 マリスト大学のMary Azzoli氏は、「これらの言葉は映画などのポップカルチャーによって浸透し、よく使われている」と説明。「whateverは使い方によっては、人を見下しているように受け止められる」と話し、その言葉を使う状況によっても意味が変わることを指摘した。

 そのほか、「to tell you the truth」(実を言うと)や「actually」(実は)も、多くの人から最も不快な表現に挙げられた。
--

だそうだ。

するってぇと、アレだね。


oasis - Whatever


D'You Know What I Mean?

アメリカ人、OASISイライラするんだね。

僕は毎度食べる近所のスーパーのうどんの小袋が開けづらくてイライラします。

アデュー

(2010.12.16[Thu])

┃ 画家リリース

僕の最年少(おそらく)の友人である藤森くんは、まだ学生である。
髪が長くて素行の悪い慶応生である。

彼は様々な才能に恵まれるも、それを不毛に消費しては悶々としていた。

彼は音楽好きである。
そしてある日ふと思い立った。

「バンドやりたい」

しかし、彼は楽器もできないし歌も歌えない。
そんなことにめげず(普通はめげる)、彼は仲間を集めてバンドを結成した。
アティテュードはこの時点でまぎれもなくパンクなのである。

そして、彼は仲間を集めすぎメンバーは16人になってしまったが、
それでもそれを「画家」と名付けて活動を開始したのだ。

彼は僕ら宛にデモテープをくれた。
僕たちはそれを聞いて返事を返し、「面白そうだから一度会おうか」ということで喫茶店で会い、
そして今に至る。

そんな彼らのアルバムが今日発売だそうだ。

--
タイトル:嬉しい音楽(ウレシイオンガク)
アーティスト:画家(ガカ)
発売日:2010年12月15日(水)
収録曲数:9曲
収録時間:約58分
価格:1890円(税込)
品番:FEST-001
発売元:野外フェスティバル / YOUTH INC.
販売元:Knowledge Alliance / PCI MUSIC

<収録内容>
01. 瑞々しい曲
02. キビキビした曲
03. ひりひりする曲
04. 猛々しい曲
05. 惚れ惚れしちゃう曲
06. 粛々とした曲
07. うずうずする曲
08. しっちゃかめっちゃかな曲
09. ボーナストラック

<特典>
・TOWER RECORDS 渋谷店&新宿店:画家ロゴ入りカズー
・disk union 主要店:画家ロゴ入りカズー
・上記以外のレコード店(通販除く):「獅子舞(Space of Bass remix)」CD-R

 全て数量限定のため、お早めに!
--

ということなので、是非聞いてみてほしい。



--

ちなみに、彼らは昨日の日記に書いたように「一人レーベル」で
スタートするらしい。

正確には16人レーベルであるが、こういう活動はとても素敵である。
青春である。

どんどんやるべきだと思う。

頑張ってほしい。

アデュー

(2010.12.15[Wed])

┃ レーベルについて

先日、関越道を4時間近く車で走っている際、助手席のしらいちゃん(ミステリには珈琲系女子)が

「ミカミさん、最近は一人レーベルというのが流行っているようですよ。にんにん。」

と言った。

なるほど、つまりこれは最近流行っている「既存の流通を通さず音楽を売る」ということを実践している人たちのことだな、と思った。

噂には聞いていたのだが、世の中には結構こういう人がいる。

最近で有名なのは、まつきあゆむ氏で、この人は宅録した音源を
自分でネット上で販売して活動しているアーティストである。


まつきあゆむ / 夕暮れのための音楽 [PV]

なかなか素敵な音楽である。

そして、それ以上に素敵なのは、こういう試みをしている点だ。

--
しらいちゃん(マネーには税金系女子)曰く、

「一人レーベルの話は津田大介氏の本で読んだ。にんにん。」

とのことであるので、僕も先程アマゾンで注文した。



--
で、これを読む前に、僕が思っていることを書いておこうと思う。

おそらくであるが、この本は
「CDが売れていない。
これは趣味の多様化とともに、ネットの台頭が原因である。
すでに音楽業界は崩壊に近い。これからはTwitterやUstreamやYoutube(や、一応MySpace)などを利用して、アーティストはダイレクトに
ファンに音楽を届けるべきである。」
という内容であると思う。

僕も一応はバンドマンであり、このサイトもやっているわけであるから、良く話は分かる。
「それはまさにその通り!」と思うわけだ。

何のことはない、僕もずっとこういうことをやってきたのである。
実際、オンラインでCDは思ったより売れたし、デモテープは今でもかなり送られてくる。
僕らは、Youtubeが出る前から映像配信や音楽配信をしていて、こちらもそれなりにPVがあった。
まあまあの手ごたえだったのだ。

しかし、最近僕は「いや、まてよ」とも思う。
これは偏った意見なので、一般的ではないかもしれないけども、
まあ現場の意見として書いておこうと思う。

「まてよ」と思う理由は以下の2点である。

1、アーティストは本当にそれを望んでいるのか
2、音楽は「音だけ」ではない

1についてだが、
そもそも少年がギターを手に取る瞬間というのは、ロックスターに憧れているわけだ。
ロックスターは、大きなステージで演奏し、時には雑誌の取材を受け、
CD発売時はサイン会をやったりする、そういうことに憧れるのである。
もちろんマネージャーが始終付き添って、色々お世話をしてくれる。
CDの売り上げも誰かが管理してくれる。
アーティストは音楽活動だけをしていれば良いのだ。
細かい形態はあるだろうが、それが多くの人が憧れるロックスターである。

しかし、一人レーベルの場合、それだけでは済まない。
レーベルの運営は驚くほど地味である。
サイトの更新やら、CDが売れたら発送をしたりCD制作時には
各所に連絡をしたり、時には地下鉄に乗ってドトールに行って打ち合わせをしたり云々。

そういうことが楽しめるアーティストは良いが、殆どの人は面倒くさがるんじゃないかと思う。

また、「はい、今後は音楽業界はこんな感じです。ギター弾けて歌えるだけじゃダメ。HTMLを覚えてサイトを毎日更新して、郵便局にほぼ毎日顔を出すのがアーティストです」
と言われても、「そんなはずじゃなかったのに」と思うんじゃないだろうか。

つまり、中間を削ぎ落して(主にネットで)音楽を届ける、というのは
とても素晴らしい行為だが、みんながその形態になるのはちょっと難しい気がするのだ。
また、あまり夢がない。

本でやいのやいの言うのは勝手だが、「アーティストは本当にそれを望んでいるのか」
という、本人不在感を若干感じる。

これが1点。

で、2についても同様なのだが、僕は、そもそも音楽ことロックに関しては
音だけを楽しむものではないと思っている。

音も重要だが、それに付随する情報も必要なのだ。

たとえば、アーティストはどんな顔でどんなプロフィールでどんな逸話があるか、
そんなことを一緒に楽しむのがロックである。
そして、それが個性的で大仕掛けなほど、聞いていて面白い。

つまり、音楽にはギミックが付きものなのだ。

写真やプロフィールならネットでも可能だが、そのギミックを作りだすのは、
個人ではとても大変である。

たとえば、よく大御所のアーティストが「東京ドームのライブ音源」などを出したりするが、
これは「ああ、この音があの日ドームで鳴っていたんだな」と思うから楽しいのであって、
これが普通のスタジオ音源だと思うと、急につまらない気分になったりする。

しかし、一人レーベルでドームは無理がある。
いや、無理ではないだろうが、どうしても誰かの力を借りるわけで、
その時点でそれは組織なわけだ。

つまり、色々やろうとすると一人では限界が出てきて、組織になる。
それはすなわち大小の違いだけで、れっきとした音楽業界である。

--
そんなわけで、誰もが個人レーベルというのは難しいかもしれない。
こういうものは、メジャーの対極としてあるのが、今の段階では正しいのではないか。

上記2点は、もちろん解決できない問題ではない(特に1は、アーティストの気持ちが変わるのは時間の問題かもしれない)から
これから、こういう形がどんどん出てくるだろうし、
それはとても楽しいことだと思う。

ただ、あまり極端なことになならないんじゃないかと思うのが、
今の僕の感想である。

本を読んだら、もう一度自分でまとめてみようと思う。

アデュー

(2010.12.14[Tue])

┃ 結婚について

絶賛独身謳歌中の僕であるが、たまに、いやしばしば「結婚したいな」と思うことがある。
これについては、幸いにして「同居人」こと菊池凛子崩れの寝起きの悪い女性が
おおむね賛同の意を示してくれているのだが、一向に動きがない。
困ったことだ。

それはそれとして、「なぜ結婚するのか」というのを考えてみたのである。

発端は、僕の友人の野崎氏が「結婚もいいかもしれない」ということで
先日お茶を飲んだ時に諸々話をしたからである。

野崎氏は「趣味の合う人と結婚したい」と言っていた。
それはとても素敵なことだろうな、と思った。

で、僕も32歳であるから、周りも結構な人が結婚している。
話を聞くと、既婚者の意見は真っ二つである。
「是非すべき」という人と「ろくなもんじゃない」という人がいる。

ネガティブな人の意見は大体決まっている。

・束縛される
・経済的に制限される
・性格が合わず喧嘩をするのでストレスになる

よく「結婚は人生の墓場だ」などと言って、(特に男性にとって)あまり良いイメージがない場合も多いのだが、
こればっかりは経験したことがないので、良くわからない。

さて、「なぜ結婚するか」だが、いくつか理由を考えてみた。

・一人だとさびしいから
・子供が欲しいから
・なんとなく流れで

どれもありそうな気がするが、ピンとこない。
根底に「さびしい」というのはありそうだが、どうなのだろう。

--
そもそも、結婚とはなんぞや、というところも良くわからない。

結婚は概ね、「契約としての結婚」と「生活における結婚」があると思うのだが、
僕は同居人と一緒に住んでおり、先方のご両親とも仲が良く、
あとは「契約」を残すのみなのである。

じゃあそんなにそれが重要かというと、やはり重要なのだ。
それはきっと「さびしい」から「約束が欲しい」のだ。
これは理解できる。

しかし、これを世の中の人の大半がするというのが良く考えると良くわからない。
かつ、結婚しても一緒に住まないカップル、なども世の中に入るらしい。

色々見ていたら、ネットにこんなことが書いてあって、納得した。
「自分一人のために生きるのもつらくなってくるから」

つまり「さびしさ」と、それにまつわる「依存」なのである。

なるほどなぁ。

というわけで、概ね「わからない」という日記である。

アデュー

(2010.12.13[Mon])

┃ 社長さん

以前にも書いたように、僕はLM(レーベルマスター)であって社長さんは
別にいるのである。

そのシャチョさんは普通に業界人で、忙しい。
殆ど会ってくれない。

先日「最近どんな仕事してるんですか?」と聞いたら、
このアーティストをやっているそうだ。


CHI-MEY (チーミー) 『フレ!フレ!大丈夫!』

チラシ見せられて「ライブおいでよ」と何度も誘われたのだけど、
どうも興味ないので、スルーしていたのだ。

でも、実際に聞いてみるとなかなか良い。
マキハラとKANを足して2で割ったような。

そんなわけで、社長さんも僕も元気です。
そして、すぐ社長さんはマジックを使って「NHKみんなの歌」のラインナップに入れます。
まあ、イイ曲だから良いけど。

ちなみにレーベルはソ○ーだそうだ。

アデュー

(2010.12.9[Thu])

┃ コーヒーと珈琲

先日書いたとおり、「珈琲」と「コーヒー」には厳然とした違いがある。
と信じている。

僕が愛するのは「珈琲」ではなく「コーヒー」であり、同様に「煙草」ではなく「タバコ」が好きなのだ。

「コーヒー」と「珈琲」の違いは、簡単に言うと「ストーリーがあるかないか」である。

曽加部恵一は、サニーデーサービス時代に
「珈琲と恋愛が共にあれば良い」と歌ったが、
そういったロマンスを含む、濃密な、湿った、面倒くさい、クレバーな、屈折した飲み物が「珈琲」である。

逆に「コーヒー」は、ただの苦い飲み物である。
背後に何も語るべきものがなく、上品でも下品でもないのが「コーヒー」である。

たとえば、ゲンズブールがブリジッドバルドーとのSEXの後に、
ジタンと共に嗜むのが「珈琲」である。
濃くて苦い、とても素敵な飲みモノだ。

かたや「コーヒー」はというと、徹夜明けのサラリーマンががぶ飲みしていたりするものである。
下手するとネクタイを緩めてYシャツの袖もまくっちゃっているかもしれない。

太宰治が、起きぬけに飲むのが「珈琲」、
ターミネーター2で、警官が紙コップの占いをみて「フルハウスだ 今日はついてるぞ」と言ったあと、あっさり殺されるときに飲んでいるのが「コーヒー」である。

で、僕は日々「コーヒー」を飲んでいるのだ。
何もない、平坦な毎日である。

思えば、人生で何度か「珈琲」を飲んだ気もするが、どうもこの歳になると
面倒なのである。
僕は「コーヒー」で十分だ。

ちなみに、ドトールやベローチェで出てくるのは全て「コーヒー」である。
たまにルノアールに行くと「珈琲」が出てくる。

そんなわけで、今日もコーヒーを飲むのだった。

スターバックスのラテ?
あれは「お茶」であって、それ以上でも以下でもない。

アデュー

(2010.12.8[Wed])

┃ 光陰矢のごとし

日々が過ぎていくのは早いもので、もう今年も師走である。
光陰矢の如し、などというのである。
http://grievousghost.jimdo.com/scratch-topics-2010-12/

師走というのは、「先生も走る」ほど忙しい、ということのようだが、
全力で走る先生がどのくらい速いかというと
「教員 矢の如し」というほど速いらしい。

--
そんなことより、僕はコーヒーとタバコを愛しているのだが、
同時に目黒喫茶店遊牧民として、ちょこちょこ岸を変えては
コーヒーとタバコを嗜んでいる。

一時期はサンマルクに入り浸り、チョコクロとコーヒーの相性について考え抜いた。
その後、最近はベローチェであんぱんを貪り食っていた。
そしてその間、ドトールに浮気をしてはミラノサンドの魅惑におぼれたりしていた。

そして、ここ数日は連続して目黒のItohyaという喫茶店に入り浸っている。
Itohyaはいわゆる個人経営の古き良き文化を残した純喫茶であり、
当然コーヒーの質も高い。
まあ、正直クオリティについては分からないのだが、「濃いな」と感じる。
うまいのである。

そしてItohyaには、「アイリッシュクリーム」なるコーヒーがあり、
それはホイップクリームとリキュールの入っているコーヒーである。

これがうまい。
3日連続で通うくらいうまいのである。

ただ、値段も高い。一杯600円くらいするのだ。

ベローチェ180円、サンマルク200円、ドトール200円の世界でしのぎを削ってきた僕としては、
毎日通うのは躊躇われる価格である。

そんなわけで、頑張って働こうと思った。

--
ちなみに、僕が愛するのは「珈琲と煙草」ではなく、「コーヒーとタバコ」である。

この辺の違いについては、後日改めて書きたい。

アデュー

2010.12.5[Sun]

┃ 12月である

昨日も書いたが、もう12月である。
早いもんだ。

さきほど同居人と仕事の話をしていて、ふと自分の会社員時代を思い出した。

といっても、僕は今も(正式には)会社員なのであるが、
大学を卒業して進学するまでの間、2年ほどエンジニアとして働いていたことがあったのだ。
今は会社員と言っても特殊な環境であるから、僕の会社員時代というのは、
この2年間のエンジニア時代が象徴的なのである。

--
会社員として就職したのは、メーカーだった。
終身雇用がある、年功序列の会社だった。

勤務地は木更津で、さびしい気持ちを抱えながら盟友の長谷川君と
はじめてバスで会社を訪問した時、
「ああ、僕はここで一生暮らすのか」と漠然と思った。

ただ、その時点では何も深い思いはなかった。
「こんなもんかな」と思っていた。

しかし、新人研修を経て、パソコンを作る部署に配属されてしばらく仕事をした後、
僕は「しまった!」と思った。

この「しまった!」はいくつか理由がある。

まず、「自分はエンジニアとして二流であること」に気付いたのだ。
技術者というのは、結構センスがいる仕事である。
いつも技術にアンテナを貼っていなければならないし、創意工夫がかなり求められる仕事なのだ。

そこで、自分はあらゆる面(知識、吸収力など)が自分に不向きなことに気付いた。
なんとか仕事を回すことはできたが、このままでは「ずっと舐められたまま終わる」
と思ったのだ。

また、「しまった!」の一因には、僕が学卒であることも挙げられた。
技術の現場では、やはり院卒が一目置かれるのだ。

このままでは、うだつが上がらないぞ、と気付いた。

もうひとつの大きな「しまった!」は、もっと構造的なことだった。
資本主義においては当たり前だが、どこまで行っても
社員というのは「使われるもの」なのである。

たとえ社長であっても、大きな会社の場合殆どはサラリーマン社長で、
資本側(=搾取する側)には回れない。

つまり、誰かのために働いて一生を過ごすことになるのだ、と気付いたのだ。
これはいかん、まずいぞ、と考えた。

自分のために朝から晩まで働くならともかく、誰かのために40年も働くのは馬鹿げている。

きっとこれは「みんな気付いていても気付かないふりをしているんだな」、と思った。

なので、僕はまず大学院に進学して舐められないようになってから、
「自分のために働くため」独立しようと考えたのだ。

--

その後について詳しくは割愛するが、僕は今、
心からあの時決断して良かった、と思う。

もちろん、研究室内で会社がスタートするときや、
その後の過程で面倒くさいことはたくさんあった。

木更津時代の貯金は、全て学費で使い果たしたので、
お金を改めて貯めることができるようになったのは、27歳になってからだった。

体調を崩したこともあるし、今も万全とはいえないが、
それでも楽しかったこと、充実していたことの方が多い。

今日、ニュースを見たら大卒の就職率は50%くらいらしい。
これはこれで大変な数字だと思うが、
「別に無理して就職することもないんじゃないの」とも思う。

その気になれば、何でもできると思うのだ。
(もちろん、そうじゃない場合もたくさんあるけど)

短い人生、何をするかは自分に掛かっている。

同居人と話しながら、そんなことを考えたのだった。

アデュー

(2010.12.2[Thu])

┃ 剣道の思い出について

僕は、中学校の時に部活で剣道をやっていたのだが、
これが絵に書いたような弱小チームだった。

とにかく弱い。

僕が在籍した3年間、公式の団体戦トーナメントでは1回も勝ったことがなかった。
(一度、相手チームが人数不足で3人しかいないときがあり、「さすがに勝てるか」と思ったが、なんと負けた)

個人戦でも僕は1勝もしたことがないまま終わった。

地元でも有名な弱小校だったのだ。

ここまで弱いと、本人たちも嫌になるものである。
県大会などで遠征するとき、自分の中学校が知れると恥ずかしいので、
なるべく学校名が分からないように工夫したりした。

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なぜそんなに弱かったのか、というと、理由はいくつか考えられる。

1、体育館が週に2回しか使えなかった。
2、適切な指導者がいなかった。

1については、僕の学校が比較的市街地の中心部にあったため、
敷地が狭く、体育館やグラウンドも総じて狭かったことが理由である。

環境の良い学校は「剣道場」なる専用の施設があったりする一方、
我々はバスケット部、バレー部、バドミントン部などと
体育館をシェアしなければならず、結果として体育館は週2回しか使えなかった。

剣道は外ではできないから、残りの日は外で筋トレや走りこみなどをして過ごす。

よって、我々は剣道のスキルはないが、異様に足腰だけ強い剣道部になった。
(マラソン大会などは上位常連であった)

2については、我々の先輩が2名しかいなかった。
先輩に教えを乞うことがあまりできなかったのである。

かつ、顧問の教師は新任の「剣道歴ナシ」の先生で、これまた特に
有益な指導ができなかった。

先生は、「剣道だったら、とりあえず気合を入れろ」ということで、
「声を出す」ことに重きを置いた練習で、実践的なことは何一つ
教えてくれない。
(というか、教えられなかった、という方が正しい)

よって、「足腰が強い上に無駄に気合が入っている、でもとても弱い剣道部員」というのが
量産された。

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上記のように環境は非常に悪かったのだが、それでも僕らは頑張っていた。

校庭40周、そのあと腹筋50回を3セット、みたいなメニューを毎日こなして、けなげに頑張ったのである。

そして、2年生の後半の頃には「さすがにこのままではまずい」ということで
僕を含めた4人くらい(同期は12,3人いた)が、近所の剣道場に通い始めた。

学校で会得できないスキルを磨こう、ということになったのである。

道場は「有隣館(ゆうりんかん)」というかっこいい名前の道場で、
道場主は3代目の白髪のおじいちゃんだった。

道場は週に2回、夜7時くらいから9時くらいまで稽古をする。
そこに僕らはチャリでせっせと防具を担いで通った。

半年か1年くらい通ったと思うが、自分でも多少上達しているのが分かった。
いかんせん、学校では基本的な戦い方も教えてくれないのだ。
効率よく道場で教えてもらえば、上達もする。

しかし、スタートが遅すぎた我々は、結果として卒業前に
お情け程度に「剣道1級」の試験に合格しただけで、試合で勝つことはできずに
終わったのだった。

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スポーツにおける成功体験というのは、確実に人生を左右すると思う。

基礎の練習を積み重ねて、少しずつ向上していく、こういう体験は
たぶん人生で必要なのだ。
(「たぶん」と書いたのは、僕は体験していないから)

僕の場合、逆に「努力は報われない」という体験をしてしまったので、
なんだか斜めな感じで物事を見てしまい、どうにも良くない。

勉強や仕事も同じだと思うのだが、
「恵まれた環境」と「適切な指導」というのは、本当に大切である。

寒くなってきたので、コーンポタージュを飲みながら
ふと道場の帰り道に自販機で買ったコーンポタージュを思い出し、
そんなことを考えた冬の日、もう12月である。

アデュー

(2010.12.1[Wed])

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